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なぜ他社のマニュアルは機能して、うちだけうまくいかないのか

結論から書きます。よそでうまくいっている方法が自社で回らないのは、努力が足りないからでも、やり方が下手だからでもありません。自社の形に合っていない方法を、そのまま持ち込んでいるからです。
私は製造業で12年、100人規模の会社の代表を務めました。その間、製造・物流・経理・事務、ほぼすべての部門で標準化に取り組み、そして、ほぼすべてで失敗しました。
当時いちばん悩んだのが、まさにこれです。他所はうまくいっていると聞く。本にもそう書いてある。なぜうちだけこうなるのか。
「無印良品を見習え」で解決しない理由
業務標準化の話で必ず出てくるのが無印良品です。良品計画は2001年に38億円の大赤字を出し、そこからV字回復しました。その原動力とされるのが、全13冊・約2,000ページの店舗マニュアル「MUJIGRAM」と、約6,000ページの本部業務マニュアル「業務基準書」です。目的は、個人の経験やノウハウに頼って属人化していた業務を、徹底的に見える化・標準化して仕組みにすることでした。
ここまでは、よく知られている話です。ただ、中身を読むと、話が変わってきます。
最初のマニュアルは失敗しています。 松井忠三氏自身が、今のMUJIGRAMができる前には本社主導で作ったマニュアルがあったが、現場の声を反映できていなかったため使いづらいという声が多かった、と語っています。今の形になったのは、店舗側からの提案を取り込んでいった結果です。
そして、現場が更新し続けることで成立しています。 MUJIGRAMは現場で見つかった問題点や改善点をもとに、毎月更新されます。松井氏は「マニュアルに完成はない。できた時点から陳腐化が始まる」とまで言っています。提案を上げるための経路(顧客視点シート、改善提案)も社内に整備されています。
つまり無印良品が持っているのは、2,000ページを毎月更新し続けられるだけの組織的な余剰です。数千人規模だからできることであって、社員5〜50人の会社に同じことはできません。
さらに言えば、店舗業務は工程が安定していて、扱う対象のばらつきが比較的小さい仕事です。マニュアルという形式が、そもそもよく合う。
無印良品はマニュアルの正しさを証明していますが、同時に、それを回すのに何が必要かも証明しています。 見習うべきは2,000ページのほうではなく、条件のほうです。
マニュアルが合う仕事と、合わない仕事がある
工程が安定していて、例外の発生頻度が低い仕事なら、手順を書けば書いた通りに回ります。そういう業種でマニュアルを整備するのは、単純に正しい打ち手です。
問題は、そうでない仕事に同じやり方を当てはめたときです。私の場合が、まさにそれでした。
製造の現場を例にします。手順書はありました。分量も工程も書いてあります。
けれど実際にその工程を回している熟練者は、手を動かしながら、同時にいくつもの細かい判断をしています。その日の材料の具合、現場の条件、抱えている量、誰が隣に立っているか。その都度、微調整して、周りに短い指示を出す。
その判断は、確かに存在しています。ただ、紙に書ける形をしていない。だから部下は、手順は読めても、判断は受け取れません。
書けることと、渡せることは違う。そして、その差が小さい仕事と、致命的に大きい仕事があります。
営業でも、同じことが起きていました
これは特定の工程だけの話ではありません。営業でも同じでした。
営業は担当者に任せるしかありませんでした。すると、その担当が抱えているものが、誰にも見えなくなります。どこが得意先なのか。過去に取引があって今は止まっている先はどこか。まだ買っていないが見込みのある先はどこか。全部、その人の中にしかない。
見えないから、他の人が代わりに動けない。見えないから、こちらも手放せない。担当が辞めれば、そこにあった関係ごと消えます。
紙に書けない判断が渡らないのが製造だとすれば、そもそも情報が一人の中に閉じているのが営業でした。詰まり方は違いますが、外から見えないという一点は共通しています。
経営と現場が噛み合わなくなる構造
標準化を進めようとしたとき、現場から返ってきたのは反発ではありませんでした。理解できない、という反応です。
経営側は言います。「マニュアルがあるんだから、それに従ってくれ」
現場は言います。「そう言われても、現場には変数が多すぎる。その通りにはいかない」
そして必ずこうなります。「じゃあ、こういう場合はどうするんですか」——答えが用意されていないまま、トラブルになる。
この会話は、どちらかが怠けているから起きるのではありません。経営側は手を抜きたいわけではなく、上手にやりたいのです。 だから外で学んできます。「マニュアルを整備すればいい」「この仕組みを入れればいい」。作ればうまくいく、と思わされて帰ってくる。
ところがそれが現場と噛み合わないと、現場からはこう見えます。「社長がまた勉強しに行って、要らんことを言い出した」「自分たちのことは分かってもらえない」
善意が、そのまま断絶になる。この構造が、何度も繰り返されます。
学ぶ余白がない、という現実
マニュアル運用の正解は分かっています。新しく入った人が、既存のマニュアルでは足りない部分に気づいたら、それを追記していく。使いながら育てる。無印良品がやっているのも、結局これです。
問題は、それをやるには余裕が要るということです。
中小企業の現実はこうです。マニュアルはある。でも作った本人しかできない。新しい人が入ってきても、読んで習得する時間は与えられない。すぐ現場に放り込まれて「これを見てやって」と言われる。
学ぶタイミングが、そもそも存在していないのです。
教育が大事だということは、経営者はみんな分かっています。それでもできないのは、余剰の時間も人材もないからです。作業手順の教育すらままならない。ましてや、なぜそうするのかという考え方の部分は、まず渡りません。
だから働いている側からすると、「あまり教えてもらっていない」という感覚だけが残ります。
経営者が仕事を抱え込む理由
もうひとつ、自分のことを書きます。
当時の私は、「自分にしかできないことのほうが多い」と本気で思っていました。多くの中小企業の経営者が、同じように思っているはずです。
理由は単純で、怖かったからです。 任せて、うまくいかなかったらどうするのか。報告が上がってこなかったらどうするのか。中小企業では、そう簡単に人を信用しきれない場面があります。
だから、自分の目の届く範囲でやろうとする。届く範囲でしか、やろうとしない。
そして、それがスケールしない直接の原因になっていました。属人化を嘆きながら、属人化を選んでいたのは自分だった、というのが正直なところです。
AIも、同じ間違いを繰り返せる
ここで「AIを導入すれば解決します」と書いたら、この記事はさっきの構造をそのままなぞることになります。社長がAIのセミナーに行って「AIを入れるぞ」と言い出し、現場が「また始まった」と冷める。マニュアルのときと、まったく同じです。
人に勧められたから入れる、というやり方が間違いなのであって、入れる対象がマニュアルかAIかは関係ありません。
ただ、道具としての性質には、ひとつ明確な違いがあります。
マニュアルは、会社を型にはめる道具です。AIは、会社の形に合わせられる道具です。
マニュアルは、書いた通りにやることを前提にしています。だから、自社の実態と書かれた内容がずれていると、現場が壊れるか、マニュアルが無視されるかのどちらかになる。合わせるべきは常に現場の側です。
AIはその逆で、こちらの状況を投げれば、それに合わせて返してきます。「うちの場合はこうなんだけど、どうすればいいか」に答えられる。事前に完璧な手順書を用意しておく必要がない。学習期間を確保できないという、中小企業の一番きつい制約に、別の角度から手が届く可能性があります。
断っておくと、私はこれを製造業の現場で試したわけではありません。あの会社を離れてから10年以上経っています。だからこれは実績の報告ではなく、当時どこで詰まっていたかを知っている人間が、今の道具を見て考えたことです。
だから、答えは「形を変えられるマニュアルを作りましょう」ではありません。マニュアルという形式のままでは、そこには届かない。
進めるとしたら、この順番
1. 自社の仕事が、マニュアルで回る種類かを見極める。 工程が安定して例外が少ないなら、素直に整備するのが正解です。AIを持ち出す必要はありません。 2. 回らないなら、何が回らないのかを特定する。 判断が渡らないのか、学ぶ時間がないのか、そもそも人が足りないのか。詰まっている場所は会社ごとに違います。 3. そこで初めて道具を選ぶ。 一番のネックになっている場所に当てる。人手が原因なら、そこに当てる。
たとえば先ほどの営業の例で言えば、もし今あの会社に戻れるなら、私が最初に手をつけるのはここです。誰がどの先を持っているか、最後にいつ接触したか、どの段階の相手に、次は誰が、どう話しに行くのか。当時どうしても見えなかったものを、まず見える形に置く。 私が12年間ほしかったのは、これでした。
順番を飛ばして道具から入ると、また同じことになります。何が解けなかったのかを分かっていない限り、道具を変えても同じ場所で詰まります。
よくある疑問
Q. 標準化できない業務とは、具体的にどんな業務ですか
判断の比重が大きく、例外が日常的に発生する業務です。製造の熟練工程、顧客対応、トラブル処理など。手順は書けても、その手順を「いつ外すか」が書けないものが該当します。逆に、工程が安定していて例外が少ない業務は、素直に標準化できます。
Q. マニュアルを作る意味はないのですか
あります。工程が安定していて例外の少ない業種なら、マニュアルは有効に機能します。誤りは「どんな会社でも作れば回る」という前提のほうです。自社の仕事がどちらの型かを先に見極めてください。
Q. 無印良品のやり方は参考になりませんか
考え方は参考になります。ただし、2,000ページを毎月更新し続けられる組織的な余力が前提です。同じことをそのまま持ち込むのではなく、自社の規模でも回る形に落とす必要があります。
Q. 属人化を解消すると、ベテランのモチベーションが下がりませんか
「あなたの技術を取り上げる」と伝われば下がります。実際に起きているのは、ベテランが自分の判断を言語化する機会を得る、という変化です。伝え方の問題として扱うべきものです。
この記事は、製造業で12年間・100人規模の会社を経営した実体験をもとに書いています。一般論としての標準化論ではなく、実際に失敗した側からの記録です。
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